モーツアルトの声はきっと高くて澄んでいた? | 中川 伸 |
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結論から先に言えば、モーツアルトはおそらくメロディーを口ずさみながら作曲し、その声は高くて澄んでいた。というのが私の推論です。その根拠について順を追って説明したいと思います。
先ずは、動物の聴覚と声には密接な関係があります。たとえば象は低音が聞こえるので、減衰しにくい低い声を出し、数kmも離れた仲間とコンタクトを取り合っています。コウモリは高い音が聞こえるので、分解能の高い超音波を出し、暗闇でも自分の羽根の幅しかない格子のど真ん中を飛びながらすり抜けることができます。
ちなみに私は高校生のとき理科室でどの周波数まで聞こえるかについて調べたことがありました。多くの級友は18kHz位まででしたが、私は21.5kHzでした。そして、同じく高校の時、クラス対抗の合唱大会がありましたが、私のパートはテノールでした。我がクラスには優れた音楽センスを持った級友がいて、熱心に指導をしてくれたので、優勝しました。ちなみにその指導者は芸大の声学科に進み、ドイツ留学をしてテノール歌手となり、今は音大の助教授でもあります。そして、私とはもう長い付き合いです。
ですから私はカラオケで高い声は楽々出せても、低い声は出ないのでやりません。そして音響製品の高域性能には特に敏感で、とてもうるさいです。だからこそ、ハーモネーターを作ることになったのかも知れません。ついでに言えばハーモネーターを展示会などの色んな機会で聴いてもらうのですが、女性は、ほぼ100%の方々がすぐに分かります。男性は10%から20%位は分かりにくい方々もいらっしゃるようです。でもそういった方々は別なことには敏感だったりします。おそらく女性は声帯が小さいので高い声が出やすく、鼓膜も小さいので高い周波数まで聞こえているのでしょう。
また、ある、オーディオ店のオーナーから聞いたことですが、初めて電話で話しをしても、相手の声や話し方で、その人が要求している音が分かると言っていました。確かに、次のようなことがありました。私はあるオーディオ同好会の人の家へ行くことになりましたが、その人の声は大きく、かつ、通りの良い声なので、きっとラッパ的な音だろうと思って行ったら全くその通りの音を出していました。
また、ある耳鼻科のお医者さんで、当社のアンプを愛用している方がいらっしゃいますが、その方によると、聴覚のテストをすると、音響機器の周波数特性をフラットにすることが無意味なほどに個人差はあるとのことでした。
つまり、人は、それぞれ持って生まれた聴覚に合った心地よい声を、知らず知らずのうちに出しているとも言えるでしょう。ちなみに、昔、飲み屋で知り合った元ボクサーの話ですが、試合中に耳を連打され、両耳とも聞こえなくなってしまいました。そしたらしゃべれなくなってしまいました。でも非常にゆっくりなら喋ることができました。以上からして、聴覚と声には深い関係があると言えます。
作曲家がメロディーを作るときは、そのテーマによってメロディーは全く違ったものになります。しかし、それを編曲したときのサウンドにはその作曲家の趣向がはっきりと反映されているように思えます。ブラームスには苦悩に満ちた特徴的なサウンドがよく出てきますし、モーツアルトはとにかく音が高いです。たとえば魔笛の夜の女王はとても高く、他にもソプラノは出てきます。フィガロの結婚にもやはりソプラノが多く出てきます。また、モーツアルトは「もっとカストラートを」と言っていたそうな。
このようにモーツアルトの音楽には高い音が多く含まれます。酒の熟成や植物の成長にモーツアルトの音楽が良いとも言われていますが、おそらく高い音が多く含まれていることと関係があるのでしょう。もしも控えめに1音(長2度)だけ高いとしても、周波数では12%アップですから、スポーツなどの数値に置き換えれば大変なことです。
そしてあるとき、たまたまモーツアルトのメロディーを口ずさんでみるととっても口ずさみやすいのです。バッハやショパンやラフマニノフなどはとても口ずさめません。音程が飛び跳ね、かつ、音域が広いのです。きっと鍵盤楽器で作曲していたことでしょう。しかし、モーツアルトのメロディーは、音階上で隣の音に移動して行く、いわゆる2度進行と呼ばれる滑らかなメロディーが多いのです。父のレオポルトはヴァイオリニストでしたから、その影響を受け、メロディー重視だったのでしょう。さらに、その声域は私に近いことに気がつきました。厳密にはもう少し高かったのかも知れませんが、きっと口ずさみながら作曲していたに違いありません。また、モーツアルトは小柄だったようです。「背の高さと声の低さには相関がある」とTV番組で日本音響研究所の鈴木松美氏が言っていました。確かにイタリアのテノール歌手はフランコ・コレルリを除き、ほとんどは背が低いとも言えます。声帯も短くて高音が出しやすいのでしょう。
そして、モーツアルトが醸し出すサウンドからすれば、その声質は輝きのある声というよりは、細く澄んだ感じだったと思われます。よく知られている有名人を例にすれば、きっと、さだまさしや、水割りをくださーい!の堀江淳や、小田和正といった感じでしょうか?ちなみにヴェルディーはテノールやソプラノに憧れてはいたものの、自身はバリトンだったように思えてなりません。なぜかといえば重要な役をバリトンに受け持たせていることが、とにかく多いのです。タイトルロールのファルスタッフ、マクベス、リゴレットは当然として、椿姫でのジェルモン父などです。
以上が冒頭に書いた推論の根拠で、これらはあくまでも私が独自に感じた確信ですが、真偽のほどは確かではありません。