久しぶりの生録です | 中川 伸 |
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多忙な状況が続いているのですが、たまたま時間が取れましたので久しぶりの生録です。先ずは演奏者の写真ですが、左がヴァイオリニストで右が伴奏したピアニストです。あれ、どこかで見た顔かなと思うかもしれませんが、そうです!作曲家の新垣 隆氏です。実は10年ほど前から延べ10回ほどお二人の録音はしてきましたので、あの騒ぎでテレビに映った時は本当に驚きました。今回、演奏者の許可を得ることができましたので、何曲かは聴けるように致します。
写真の説明 Vn安田紀生子氏、Piano新垣 隆氏、Piano二ノ宮玲子氏、Voice賀川ゆう子氏、Vn安田紀生子氏、Voice林望氏
先ずは原音再生についてですが、もしも可能であるなら、それには二つの方法があります。例えば文化会館の小ホールでピアノ五重奏を例にすれば、各楽器の近くにマイク5本を立て、5チャンネルで録音し、これを同じホールで5本のスピーカーで演奏者と同じ配置にて再生し、同じ席で聴きます。これが第一の方法です。第二の方法は最も良さそうな場所でバイノーラル録音をし、それをヘッドフォンで聴くというものです。理論的に矛盾の少ない方法はこの二つしかありません。どちらもあまり現実的ではないので実際にはその中間をなんとなく経験的にやっているのです。
つまりオーディオはルールブックのないゲームをやっているようなもので、正解のない世界だとも言えます。録音のことでは、私がソニー在籍中に先輩だった経験豊富な大槻 建氏から色々教わっていますが、彼いわく、生の音とか、原音再生とか言うけれど、自分の部屋にそのアーティストが現れたかのように録るのか、それとも自分の部屋で聴いても、コンサートホールの最上席で聴いているかの様に録るのか、いつも悩むと言っていました。これは録音に潜む矛盾の本質を見事に言い当てていると思います。とは言っても彼の音は殆どが後者に近かったです。
前者の例で有名なのは、ルディー・ヴァン・ゲルダーで、日本ではスリー・ブラインド・マイスの神成氏とかでしょう。古くはシュタルケルのコダーイの無伴奏チェロソナタなどもオンマイクです。一方オフマイクの例としては、プロピリウスのカンタータドミネに代表されるような北欧系で、BISとかOPUS 3もそうです。日本ではマイスターミュージックの平井氏などが割とオフマイクで臨場感重視です。同じく、ややオフなのはタッドガーフィンクル氏、マークレヴィンソン氏、福井末憲氏などでしょうか?
私の録音もどちらかと言えばややオフの傾向かも知れません。でも、もっとオフなのはパラヴィチーニ氏で、片山敬子氏のピアノ録音なんかは正にそうです。微細な音が再現しにくい装置だとパッとしないように聴こえる危険性もあるのですが、良い装置で聴くと、この本領がいかんなく発揮されます。パラヴィチーニ氏とも古くからの知り合いなので、会った時にそのことを確かめたら、まさしくその通りの意図だったと言っていました。
写真の説明
中央がパラヴィチーニ氏、左が奥様の吉野さま、右が私です。
人によって心地よい距離感は生演奏でも異なります。ヴァイオリニストであるアテフハリム氏の東京文化会館小ホールでのコンサートで、たまたまリハーサルから聴く機会がありました。私とTAKE Tの武井氏で自由に好きな席を選んでみだらすぐ隣りと非常に近かったです。全く別な席になる人も居るでしょう。私はホールで袖席があるならその左側でよく聴きます。たとえば杉並公会堂、トリフォニーホール、芸術劇場、第一生命ホール、浜離宮朝日ホール、紀尾井ホールなどです。指揮者の左後頭部を見下ろす感じです。袖がないゆうぽーと、新宿文化センターなどは2階の最前列です。東京文化会館は不思議なことに5階の一番後ろが好きです。目安ですがホールの天井の後ろから40%付近に近い席が私の好みとしておきます。
さて私はそれなりに生録をしていて、自分のスタイルも大体確立してきましたので、ここではその方法について書いてみたいと思います。まずはマイクロフォンですが、好んで使っているのは改造したAKGのC414XLSで、DSDのままであれば、これが良いかなーと思っています。でも、PCMに変換するのが前提であれば同様に改造したC214の方がややソフトなので聴きやすいかなーとも思っております。
いずれも私が設計したオールJFETのDCアンプ構成です。もしもこの基盤の希望数が20枚以上集まるようでしたら外注に作ってもらえます(数によりますが3万円/枚?)。対応機種は写真のようにAKG C414、RODE NT1-A、AKG C214です。いずれもラージダイヤ不ラムで単一指向性が使えろものです。NT1-AもAKGと比較しなければ十二分に高音質になります。内側の金網を何らかの方法で外せば多分AKGと遜色無くなると思います。AKGのマイクは2重金網の内側が簡単に外せ、これによる音質向上が大きいので特に気に入っています。高音がスキッと気持ちよく抜けきり、微細な音も鮮明に収録できます。金網の意味はシールドと軽いポップガードで、安全性が目的ですが、ディメリットもあります。
オリジナルのままだとC414XLSは万能向けのため回路が複雑過ぎるので、無難な感じになります。私は普通に使うならC214の方をお薦めします。C214はエレクトレットですが、ある時期からエレクトレットは急に良くなっていて、有名な4006(旧B&K、現DPA)もそうです。マイクロフォンとしては無指向性マイクの方が性能は良いのですが、ステレオ感が入りにくいので間隔を広げ、しかも寄る必要があります。私のようにライブ録音中心だと、単一指向性の方が客席の雑音を拾いにくいので都合は良いです。収録位置は客席の最前列が多く、自分の膝の前にスタンドを立て、マイクは自分の頭より少しだけ上に出させてもらい、やや左側から録ること多いです。これは観客への気配りと、譜面台を避けたいからです。現実にはこういった制約はあるものの直接音と間接音の比率はまあまあ良いこと多いです。
今回使用したマイクはどれもC214改ですが、間隔は約35cm、角度は100度位にすることが多いです。これはヘッドフォンで聞くと広がり過ぎですがスピーカーで聴くと広がり過ぎでもない、いわば妥協点です。フランスの放送局ORTFは17cm間隔で115度にしていますが、これはヘッドフォンでステレオ感が強調されない感じなのかなーと思っております。オランダの放送局NOSは30cm間隔で90度にしていますが、この方が私には近いです。録音機はコルグのMR-1000をSSDに交換したものを5.6MHzモードでの録音ですが、同時にバックアップとしてMR-2を2.8MHzでも録ります。SSDは相性問題が起きがちですが、FZM64GW18Pは安定しています。これを使うようになってからNAGRAのポータブルオープンリールへの憧れは無くなりました。モニター用ヘッドフォンは密閉型の中ではかなり良くできているソニーのMDR-CD3000です。内部はきれいに掃除をし、パッドは中国製らしき新しいのに交換しています。見た感じは少し雑ですが、音質的には全く問題ありません。
電源は必ずバッテリーでエネループかIMPULSEのような充電型を満タンにして使います。おそらく4時間ほど連続録音が可能なので、途中で止まった事はありません。録音レベルは、SACDの推奨通りで、音楽部におけるヘッドルームは3dB を残します。以前はギリギリまで使っていたのですが、ダイナミックレンジが広いDSDではそこまで頑張る必要は無いと判ったので、余裕を残しております。リミッターはオフにするので拍手の部分はクリップしますし、ゲインはH位置なのでボリューム位置は8時半位です。このDFFファイルをAudioGate3で44.1kHzの16ビットに変換しますが、このとき重要なのはKORG AQUAのディザを入れることです。それによって元の臨場感が感じられます。
問題はここからです。PCMへの変換は、AudioGate3で後から自由にレベル設定ができますが、優等生だとピークを0デシベルに設定すると思います。でも私はこれよりも3dBほど大きくします。そうすると、めったに無いピークではクリップしますが、殆どの時間を占めるレベルでのニュアンスがずっと豊かに再現されるようになります。何度もテストしていますが3dB程度だとクリップの瞬間があまりよく分かりません。さすがに6dBアップするとクリップ部分が分かります。ピークを大事にするということは、私にとっては、より大事なローレベルでのニュアンスを切り捨ててもいるのです。
以上からして私は3dBアップに落ち着いたと言う訳です。オリジナルのDSDも聴けるようにしますので変換レベルによる音質差のテストは可能でしょう。ただし、あくまでも3dBアップするのは16ビットに落とす時だけで、24ビットなら0dBです。もしもクリップ部が目立つならAudacityの編集ソフトで、角を丸めて目立たなくもします。これで拍手部なども取り去り、「トラック」タブ→「選択範囲にラベルを付ける」でトラックを曲ごとに分割します。その複数ファイルの書き出しには「ファイル」タブ→「複数ファイルの書き出し」で行います。複数ファイルを焼くのは、Exact Audio Copyで、なるべく遅く焼きます。何枚かを焼く場合は、1枚目をImgBurnのスタイルで保存したものから連続して焼きます。4つともフリーソフトとして使えます。
なお、演奏形態が途中で変わったり奏者の位置が変わっても左右の音量バランスを合わせようとマイクの角度を変えたりはしません。編集ソフトで後から合わすことができますが、音質への悪影響を心配してこれまではやりませんでした。しかし、今、考えてみれば44.1kHzの24ビットに一旦変換してそこで左右のレベル調整をし、仕上げは16ビットに戻せば良いのかも知れません。でも、今回はそれもやっていません。
伴奏について ピアノのうまい人はそこそこ居ますが、伴奏のうまい人はめったに居ません。ピアノはそもそも大きな音が出るので、邪魔にならないよう小さくしなくてはなりません。ピアニッシモではさらに小さくしなくてはなりません。そのピアニッシモにおける抑揚までをもきちっと描くにはとても高度なコントロール技術が必要です。音の出るタイミングもピアノは早いので、絶妙に遅れたタイミングで合わせなくてはなりません。これも大いなる音楽センスが要求されます。
かといって合い過ぎてもこれまた面白くないんです。15年位い前に娘がヴァイオリン、父がピアノでぴったり合い過ぎの演奏をCDで聴きましたが、あまりにもバトルが無さ過ぎて面白くは無かったです。フルトヴェングラーはわざと合わせ難いように指揮していたとか。パールマンとアシュケナージのスプリングソナタでは個性がぶつかり合って競争しているかのような面白さなのでしょう。新垣氏は適度に合わせているところが実に小憎いです。あの人バラエティー番組に出るだけあって、なにげに面白いキャラしっかり持ってます。伴奏の上手さで特に印象に残っているのは白寿ホールで聴いた藤原由紀乃氏です。珠を転がすような、なんとも優雅な音色を交えながら、ヴァイオリニストを上手く支えていました。ロンティボー国際音楽コンクールで優勝した実力派です。beethoven 31からでもそれが感じられるとおもいます。ピアノフォルテや各鍵盤の音量バランス、音色の使い分けです。
さて、曲ですがヴィタリのシャコンヌ(DSD)とヴィタリのシャコンヌ(PCM)とフィルポの夜明け(PCM)とピアソラのリベルタンゴ(PCM)です。
いやーライブのシャコンヌは面白いですねー。スタジオ録音だと失敗しても継ぎ接ぎで整えられるので、気迫も薄れ、面白くないこともままあります。このシャコンヌは終わりの方の数箇所に生演奏ではありがちな惜しい所は有りますが、勢いと気迫は十分で、いやー良かったです。マリアカラスの椿姫もサンティーニ盤の整ったスタジオ録音よりも、ジュリーニ盤のライブ録音の方が一発勝負という気迫が感じられて面白かったのを思い出しました。(2015年9月25日)