トーンアームとターンテーブル1 | 中川 伸 |
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今、写真のようなものを試作中です。これによってトーンアームの重要なファクターが判明しました。
レコードが発明された直後にトラッキングエラーのことは早々と検討され、オフセットアームが一般的になりました。これは三角関数で簡単に計算できるので、おそらくSP初期には理屈が確立されていたことでしょう。外周から内周に渡ってのトラッキングエラーが一定角度以内に収まるという設計法です。それが長く続いていましたが、オフセット角の悪影響を最初に見抜いたのが私の知る限りでは、多分SAECの田中栄氏だと思います。そのため最内周にてトラッキングエラーを0度とし、オーバーハングを通常より少なくして、オフセット角は約40%減の12度に抑えた設計をしました(WE-308)。tonearm data
このWE-308は私も使い、それまでとは異なる曖昧さの少ないしっかりした低音が出ていました。一方、江川三郎氏はイナーシャを大きくすると音が良くなるということから、巨大なターンテーブルを作ったので、ロングアームが必要となりました。するとオフセット角が0度でもトラッキングエラーは少ないので、ピユアなストレートアームにしました。これがとても良かったので、その効果を雑誌記事に掲載しました。その影響からか、VESTAXからはPDA-a2sやPDA-A25やPDX-3000、STAXからはオプションパイプのCSP-8、CSP-80、YAMAHAからはYSA-2などのオフセット角の無いピュアなストレートアームを発売しました。いずれも1980年代の前半頃です。
今回、私は写真のように2本のトーンアームを試作し、実際に聴き比べてみました。ピュアなストレートアームを聴いた後では11.5度と通常の半分にしたオフセットアームであっても戻る気にはなれません。以前から何気に思っていた理屈が自分の中で強く実証された瞬間です。
レコードはピアニッシモでは摩擦が小さく、フォルテッシモでは摩擦が大きくなり、この時、レコード針は前方に引っ張られて伸びようとします。この力によって、オフセット角を持ったカンチレバーは上から見て反時計方向に回ろうとするので、カンチレバーの根本は内周に寄ることになります。
なのでレコード針は前後すると同時に、カートリッジのボディーも左右に動くので、これによって時間軸が変動することになります。オーディオでは時間軸の重要性はもうよくご存知だと思います。アームには慣性があるので早い周期では動きにくくなりますが、遅い周期だと動きます。事実、低音楽器の音は大きく異なり、オフセット角が無いと、ゆるぎない低音があたかも地を這って来るかのような迫力です。低音好きならたまりません。マスターテープか、よく出来たデジタル機器かのようです。つまりトラッキングエラーよりも遥かに大きな問題が実は置き去りにされていた事が私の中で明確になりました。当初はオフセットタイプとストレートタイプをユーザーが選択可能とするつもりでしたがその必要は全く有りありませんでした。テスト用の曲がった方は艶消し仕上げですが材質は同じです。
このアーム部の基本構造はワンポイントアームですが、前から見て回転するのを防ぐべく、支点下20mm付近のレコード側を軽く接触させているので、厳密にはツーポイントアームです。しかし、この動作について私は1.01ポイントと呼ぶことにしますが、同様のものは過去にも幾つかあり、スタックスのUA-7などはその代表例です。材質はほぼSUS304ステンレスで、軸受けには宝石を使用しました。リジッド構造にしてMITCHAKUシェルの効果を一層生かすべく、支点の前はカッチリした構造にしていますが、後ろの錘はゴムでオーソドックに浮かしています。さもないと僅かな共振音が付くからです。有効長224mmアンダーハング17mmなのでレコード中心から88.9mm点でトラッキングエラーが0度の設計です。しかし取り付け位置の関係で少しは短くするかも知れません。インサイドフォースキャンセラーはオフセット角が無いので必要ありません。出力はDINまたはRCAです。このアームは基本的な問題はクリアされているので、細かい変更を加えて夏前の販売予定で、価格は16万円位に頑張りたいです。
ターンテーブル部は33、45、78の3スピードで± 6%の調整が可能です。これはピッタリの回転数よりも更に重要な項目で、音感の優れた人達には必須の条件です。使用モーターはコアレス・コギングレスの欧州製で、スタート時は普通に回り始めますが、定速回転に入ると、とても優しく回ります。サーボは脇役のように掛け、主役は慣性に頼る設計なので、軸受けは磁気により荷重を軽減するなど摩擦を激減させています。駆動方式はDDではありません。音質的にはほぼ満足していますが、時間経過によって少しだけ回転数が変わるのは改善したいと思っております。インシュレーターで浮かすか、カチッと置くかはユーザーが選択できるようになります。別電源タイプで本体サイズはSL-1200シリーズとほぼ同じです。どうやら黒と銀の2モデルになりそうですが、ゆくゆくは1モデルになるかも知れません。ボードは10o厚の割と硬質なアルミです。細かい変更を加えて夏の販売予定ですが、これも頑張って30万円位にする予定です。
私はアナログ大好きなので1975年にはDENONのDP-1000を位相制御に改造しました。1980年頃には御影石ボードの上に砲金の40cmターンテーブル(慣性モーメント7.2トン、ターンテーブル重量30s)を気流で浮かせ、これを8極シンクロナスモーターで糸ドライブし、アームはSAECのWE506/30という、超弩級プレーヤーを作りました。前者はラジオ技術1975年9月号に、後者はMJの1982年5月号に発表しています。後者はとても物々しい造りなので、いかにもオーディオマニアが喜びそうですが、こういう方法で本当に良い音が出せてたなら今回のプレーヤーは作りませんでした。私はアナログのコレクターでもあるので有名なプレーヤーもいっぱい使いましたし、今でも色々持っています。重いもの、高価なもの、ヴィンテージもの、珍品、小さいもの、ガラクタも含めてです。そのため、今回のプレーヤーは多くの失敗経験に基づいた知恵がいっぱい詰まっていると自負しています。(2016年2月28日)