トラッキングエラーが過度に重視されて来た理由。 中川 伸 |
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SPレコードは 1887年に始まり、1925年まではアコースティック録音でした。
1925年から電気録音が始まり。それまでより大きな音で録音することが可能となりました。1938年にスウェーデンのロフグレン(Lofgren)氏、 1941年にはドイツのバイエルワルト(Baerwald)氏が、振幅に対するトラッキングエラーによる歪みを数式で表しました。それによれば、大きな振幅時だとトラッキングエラーによる歪みが発生することを示しました。 その後、1948年頃からイコライザーカーブが導入され、実質的に低域の録音レベルを下げることと、高域の摩擦ノイズを減らすことが可能となりました。また、同じ頃にLP が登場し、溝を狭くすることで長時間録音も可能となりました。つまり、1940年頃のSPと現在のLPでは、記録されている振幅レベルがかなり異なっており、数分の1から十数分の1になったとされています。トラッキングエラーによる歪みは振幅に依存するので、これによれば歪みも同様に小さくなる筈です。 しかしながら、現在でも当時の認識がそのまま引き継がれており、その結果として、トラッキングエラーが過度に重視され続けているのが実態です。この前提に立てば、ピュアストレートアームはトラッキングエラーが大きいため、その影響を受けやすく、特に最内周ではその景響が頭著になる、という理屈にはなります。さらに、頭で考えれば、丸針よりもラインコンタクト針のほうがよりトラッキングエラーの景響を受けやすいとも考えられます。このようなことは、かなり以前から言われていたように思います。こうした考え方が、現在も、もっともらしく定説として伝わっているのです。ところが、現代のLPでは録音レベルが大幅に小さくなっている事実は、十分に認識されてはいません。 そこで、「本当にピュアストレートアームでラインコンタクト針を使ってレコード最内周を再生すれば、どの程度に歪むのか?」を実験してみました。ここでも、論より証拠です。使用したレコードは、著作権が切れた 1961 年頃の録音で、グリュミオーによるバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタです。ストラディヴァリウスによる演奏で、その最内周部分を使いました。再生系のカートリッジには、ラインコンタクト針のAT-ART7 を使用しました。これは空芯型で、出力電圧は0.12mVと非常に低いカートリッジです。アームは、当然ながら0 SideForceで、イコライザーには オールJFETのLEGGIEROを使用し、入カインピーダンスは何と1G(ギガ)Ωです。レコーダーはSSDに換装したKORG MR-1000を使用し、バッテリー駆動による5.6MHzDSDでの録音です。44.1KHz/16bitに変換する際のディザもテストしましたが、最もオリシナルのLPやDSDに近い透明な滑らかさは AQUAで、TPDFはその次で、ノンディザは初期のCDのような硬質で疲れやすい傾向を確認したのでAQUAを使いました。さて、まずは以下の音を聴いてみてください。
ピュアストレートアームによる最内周の音
再生できなければブラウザをGoogle Cromeで試してみてください。
これこそが空芯MCをオールJFETのイコライザーが1GΩで受けた音色で、生のヴァイオリンに似ているように思えます。約20年前に代々木のアルテ工房(現日本ヴァイオリン)で当時15億といわれたストラディヴァリウスのダビンチを聴かせて頂きました。それがニューヨークのオークションで22億で落札されたと知りましたが、その音色は今も憶えています。
ここでのサンプル音源は、トラッキングエラーが 10°になる位置での音です。果たして、これを聴いて「歪みが多い」と感じるでしょうか。ただし、スマートフォンで聴く場合は、再生系の性能による影響がありますので、その点は割り引いてください。私には、歪みが多いとは感じられません。また、何人かのオーディオ関係者や音楽家にも聴いてもらいましたが、同様の意見でした。歪みを簡易計算してみると、スピーカーや無帰還の真空管アンプ並みでしょう。また、2次系の歪みでしかもソフトクリッピングなので感じにくいのかと思いました。
現在のオフセットアームの標準的な設計法は、レコードの音面の35%程度進んだところと最内周の2点で、トラッキングエラーを0°にするのが一般的です。しかし、そのようなアームでも、トラッキングエラーが0°になる位置で音が良くなったと感じた経験はありません。むしろ、これまでの経験では、いつも最外周が最も良くて最内周が最も悪く感じられました。ピュアストレートアームについても同様で、最外周が最も良く、最内周が最も悪いのが常です。
ビュアストレートアームでは、レコードの約60%進んだところでトラッキングエラーが 0°になります。しかし、ここで音が良くなったと感じた事もありません。つまり、私の経験によればレコード再生において最も支配的なのは、トラッキングエラーよりも線速度だと言えます。以前、78回転のLP(小川理子さんのジャズピアノ)を聴いたことがありましたが、ただただ素晴らしい音でした。今回の件を私なりにまとめると、「先人が間違えていた。」ということではなく、時代が変化したにもかかわらず、それに対して従来の認識が十分に更新されなかった、ということではないでしょうか。私は、このような古い時代の、しかも何度も聴いてきたレコードから、これほどの音質で音楽を聴けることに、録音エンジニアの皆さまの懸命な努力に対して敬意を表したいと思います。
こうした今回のことについて、ある友人と話しました。彼はアメリカ人と日本人のハーフで、オーディオマニアです。英語圏では「アームチェア・エンジニア(armchair engineer)」という言葉があるそうです。そもそもは、土木などの世界で、技術者が座り心地の良いアームチェアに座りながら、理論計算をして論理を構築していたことに由来する表現だそうです。いろいろな資料を読んで勉強し、計算力もあったのでしょう。しかし、そうした人たちは現場の実態や経験は十分な把握をせずに、上から目線でさまざまなことを発言したがる様子を、現場側から見て「アームチェア・エンジニア」と揶揄した言葉らしいです。
私は物理的な概念については、それなりに理解しているつもりですが、実際に計算となると、CGS 単位系とMKS 単位系を混ぜてしまったりすることもあり、自分でもあまり結果に自信が持てません。そのため、実験とシミュレーターの使い方は、得意になりました。私は「論より証拠」派なので、アームチェア・エンジニアには当たらないと思っております。
音源について補足しておきます。最後の曲が終わってエンド溝に入ると、スクラッチノイズが聴こえます。その状態でアームリフターを上げ、10 秒ほどそのまま録音しています。ここで、SN 比がよく分かるようにしています。そのままスピーカーに耳を近づけて聴くか、あるいはボリュームを上げてみてください。また、ポリュームを絞り切った状態での残留ノイズもチェックしてみてください。0.12mV に対してこのノイズの少なさこそが、フィデリックスの特徴です。入力換算雑音電圧は-156dBV(IHF-A)ですから、現時点では世界最高水準です。以前は、さらに低い-160dBV程度のものまで製作していましたが、現在は入手困難な貴重な部品を節約しているところです。この時に出ているサーノイズはカートリッジの12Ωとアームコードの1ΩとLEGGIEROの等価殺音抵抗の6Ωが加わった計19Ωからです。入力をショーとすれば更に5dB下がります。また、小さなハム音が乗っているのは1.2メーター離れたところのクラスAパワーアンプからのリーケージフラックスをカートリッジが拾ったもので、もっと離せば下がります。
1980 年頃の技術者たちは非常に熱心だったと思います。しかし現在は、オペアンプを使って「はい、一丁上がり」という感じで設計しているように見受けられます。すると入力換算雑音電圧は-142dBV付近になるので MCカートリッジの出力もどんどん上げざるを得なくなって来ています。振動系の質量も増加傾向にはなってしまうので、針圧も増加傾向にはなっております。
電源ノイズについても、製品 PRで「ノイズを下げました」と簡単に言いますが、「どの周波数で、何 dB 下がったのですか?」と問いたくなります。コモンモードノイズとノーマルモードノイズ、伝導ノイズと放射/イズ、あるいは電源の出力ノイズと EMC ノイズ、静電シールドとグランドループなどの理解が曖昧なように思えることもあります。規模がある程度のメーカーは、輸出もあるので、きちっと測定していると思います。しかし、アクセサリーメーカーの中には、疑問を感じる製品も見受けられます。CISPR 規格に沿ってもいないように見えますし、スペクトラムアナライザーや LISN (擬似電源回路網)を使ったことがなさそうな人たちが、思い込みでノイズを語っているように見えることもあります。技術者が書いた文章というより、コピーライターが書いた希望的なPR文のように感じることさえあります。最低限、9KHzから30MHzまでの伝導ノイズくらいは測定してみてほしいと思います。それこそが、論より証拠です。
我々アンプメーカーは、超ローノイズや超低歪みの測定を日常的に行っています。そこで非常に重要なのが、アースループを切ることです。アースループがあると、正確な測定ができず、良いデータが得られないことが多いからです。測定器にも、アースループを切り離すためのスイッチが付いているものが殆どです。古い測定器ですが、HP社の 8903Bの取扱説明書には、その使用法を示した図がありますので、ここにアップしておきます。
何でもかんでもアースに落とし、アースループがいくつもできることに無頓着な状況には、疑問も感じます。私は、社回法人日本能率協会が幕張で主催する、電源や EMCノイズ の専門家向けのセミナーで6度講演したことがあります。そのため、この分野については、それなりの専門家だと思っていただいて構いません。気の利いたメーカーでは、アンプ本体にはIECの3本足のインレットを付けながら、電源ケーブルはあえて2本線を使っているところもあります。最近では、デジタル伝送に光LAN ケーブルを用いてEMCノイズを遮断する例も増えています。アイソレーション技法こそが、スイッチング電源やインバーター機器が増えた現代においては、とても有効な手段だと思っております。
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