電源アースと電源ノイズと音質の話 その1 | 中川 伸 |
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私は3相のオーディオ機器を知りませんので、殆どのオーディオ機器は単相だといえます。そして日本は100V、アメリカは120V、ヨーロッパでは230Vです。単相なら電球を思い出していただければ分かりますが、基本的には2本線で事足りるはずです。しかし最近ではアース線が付いて、3線式の電源ケーブルがあります。アース線は万一壊れた場合の感電防止が主な理由で、その良い例は洗濯機でしょう。そして、最近ではスイッチング電源の機器も多くなってきました。小型、軽量、高効率で、100V〜240Vの入力電圧でも使える特徴があるからです。コンセントの形状は国によってさまざまですが、付属の電源コードを交換するだけで本体は同じであっても、各国に対応できるので、アースつきの3PのACインレットが多くなってきたという訳です。ノートPCのようなポータブル機器は、めがね型の2Pケーブルになっています。いずれにせよ、こういった理由から電源ケーブルが交換できるようになってきたので、オーディオ機器では電源ケーブルも主要なアクセサリーとしての位置を占めるようになってきました。世界の電源電圧と周波数とプラグ形状
さて、ここで少しアースについて考えてみたいと思いますが、オーディオにおけるアースは、音質向上が目的で、壊れた場合の感電防止は関心事ではなさそうなので、その趣旨に沿いたいと思います。なお、私はオーディオと精密アナログが専門ですがテクノフロンティアなどでスイッチング電源やEMC(Electro-Magnetic Compatibility)ノイズ対策の講演をやっていますから、それなりの専門家だと思っていただいて構いません。
電源ノイズにはノーマルモードノイズとコモンモードノイズがあることはよく知られています。後述しますが、このうちで抑制するのが難しくて、影響の大きいのはコモンモードノイズの方であって、これを少なくすることこそが重要です。スイッチング電源でコモンモードノイズを抑制するのはYコンデンサーとコモンモードチョークです。Yコンデンサーは電源の1次と2次の間に入るコンデンサーのことで、2200pFあたりがよく使われます。これに対し、ノーマルモードノイズを抑制するのはXコンデンサーとノーマルモードチョークで、Xコンデンサーは、AC100Vのホットとコールド間に入れ、0.47μFといった値が使われます。Xコンデンサーの大きさには特に制限がありません。しかし、Yコンデンサーを大きくすると漏洩電流が多くなって感電しやすくなります。1mA以下であればアースをとらない2Pで構いませんが、ノイズを下げるにはYコンデンサーを大きくしなくてはならない場合があります。その場合は漏洩電流が多くなるので感電防止のためにアースを取る必要がありますが、それでも3.5mA以下にはしないといけません。漏洩電流が30mA以上になるとブレーカーが漏電と判断し、切れるようになっています。つまり、アースは感電防止の意図から必要であって、その抵抗値は一般家庭用で100Ω以下という基準になっています。すなわち、インダクタンスも、長さにも規定はなく、単に直流抵抗値のみだけです。このため、現実のアース線にAMラジオのアンテナを接続すると、電波が強くなって、よく聞こえる場合すら結構あります。つまりアース線はラジオのロッドアンテナ以上の長さになりアンテナとしても働いているのが現実です。
さて、現在のオーディオ機器で、交流のまま使っているものは殆どありません。昔はターンテーブルやテープレコーダーのような回転物は交流で使っていましたが、現在では整流し、大きな平滑コンデンサーで直流にして使うのが殆どです。するとノーマルモードノイズは平滑コンデンサーで吸収されてしまいます。そうでなくとも、ノーマルモードノイズはノーマルモード用のノイズフィルターで比較的簡単に取れます。しかしコモンモードノイズはそうは行きません。原理的にはコモンモードチョークとYコンデンサーを使ってアースに落とせばコモンモードノイズであっても取れる筈ですが、使えるコンデンサーは数千pFです。コモンモードチョークもインダクタンスは10mHくらいが必要となりますが、もっと大きくすると、並列のストレーキャパシタンスが増えてしまって、ノイズが通過してしまいます。アースを取るにも線の長さが何メートルにもなるので、インダクタンスを持ってしまいます。つまり、コモンモードチョークには並列にコンデンサーが入ってしまい、Yコンデンサーには直列にアース線のインダクターが入ってしまい、しかもアース線はアンテナになるので、ノイズのフィルターにはなかなかならないのが現実です。
その厄介なコモンモードノイズの定量的な測定方法は、LISNとスペクトラムアナライザーを使って計ります。オーディオ機器の殆どはスイッチング電源を使っていないのでEMCノイズは少なく、ノイズ規格は簡単に通ることが多いので特に検査していない場合も多く、そのためオーディオ関係者はこのEMCノイズのことをあまり知りません。ですから電源ノイズといって思いつくのが、ノーマルモードノイズであったり、電源波形の歪が増えることにしか目が行きません。そのため、ピントのあまり合っていない電源対策機器も結構多く見受けられます。
1979年のことですが、当時、日本インターの30DF2というファーストリカバリダイオード(以下FRD)の音質が良いと言うことで評判になっていました。そのライバルの半導体メーカーがもっと良いものを作りたいと言うことで、音質向上のための協力者を探していて、ある人から私が紹介されました。
FRDには白金や金を混ぜて高速にしますが、その混ぜ方で音が異なります。私は10種類くらいのサンプルを聞き比べてコメントをしました。その頃。ちょうどLB-4というパワーアンプの開発をしているという話をしたら、その電圧仕様なら、もっと高速なショットキーバリアダイオード(以下SBD)が使えるのではないかということで、耐圧選別をした40Vのものを使いました。これが世界初のSBDを使ったパワーアンプで、A級リアルタイムBTLのモノラルで25W出力なので40Vで事足りたという訳です。
音は普通のダイオードより、FRDが勝り、さらに上を行くのが、SBDです。SBDは原理的にリカバリーノイズが無い筈だということで散々調べましたが、悪い筈の普通のダイオードでもリカバリーノイズは見えませんでした。当時はノーマルモードノイズを計っていたからです。1998年頃には電源のことをやっていましたので、電源ノイズを計るにはコモンモードノイズで計るということを知りました。するとスイッチング電源ではない50Hzの整流であってもダイオードのリカバリーノイズの違いが計れ、音質との相関がちゃんと出ることが分かりました。10kHz〜150kHz間のスペクトルでレベル差となって現れます。LISNの動作ですが、2次側と筐体とLISNのアースを基準にし、被測定物の電源から発生するコモンモードノイズを計ります。0.1μFを通過したコモンモードノイズを50Ω入力のスペクトルアナライザーで観測します。電源のホット側とコールド側の大きい方のノイズでも基準以下にしなくてはなりませんが、オーディオ機器では観測できれば駄目と言うのが私の見解です。これらの詳しいことは次回に致します。