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MCステップアップトランスで誤解されがちなこと2件について。 中川 伸

1、トランスはノイズを出さないという誤解

ヘッドアンプやイコライザーアンプはノイズを出しますが、増幅素子を持たないトランスはノイズを出さないと思い込んでいる人は意外にも多いです。でも実際にはノイズを出します。ノイズの根源は熱雑音(サーマルノイズ)といって、抵抗体の中の電子が気温からの熱エネルギーを受けて、ちょうどお湯が沸いて泡が出るかのように音を出します。その値は4kTBRの平方根になることはよく知られていて、(RIAA)+(IEC-A)ではB=3480Hzで 、k=1.38×10e-23で、T=300°Kで、 R=Ωで計算できます。

FETやトランジスタのノイズについても実は素子内部の抵抗成分から出ていて、J-FETの場合は1/gm相当の抵抗から、バイポーラトランジスタは、ベース広がり抵抗rbb‘と1/gmの和からで、シリコントランジスタの1/gm は1mA時に26Ω、2mA時だと13Ωになり、 rbb‘は2個パラだと半分に減ります。以上はMC用ヘッドアンプのようなローインピーダンスの場合であって、コンデンサーマイクなどのハイインピーダンスの場合は、これに電流性ノイズとバイアス抵抗の熱雑音がコンデンサーの容量でフィルターされて加わります。オーディオでは1/fノイズの少ないデバイスを使うのと、Aカーブを通すので、1/fノイズは特に考慮しなくても構いません。

ノイズは、等価雑音抵抗で考え、しかも入力換算で考えるのが最も間違いが少ないです。ノイズフィギア(NF)は高周波屋さんにとっては使いやすいのですが、低周波屋さんがこれを持ち出すとNFの最小点がノイズの最小点とほぼ勘違いします。勘違いしていれば、少ないノイズ(-150dBV以下)はまず達成できません。

入力換算の計算方法は入力感度を先ずはdBで表します。例えば1mVであれば-60dBです。SN表示が80dBなら-60-(80)=-140で、入力換算は-140dBVになります。この方法は同一条件で比較が出来るので自信のあるところは示しますが、自信の無いところは表示しない傾向があります。矢印に沿えば簡単に換算する表を作りましたので色んな機器を比較してみるのも面白いでしょう。-140dBV程度だと私の好きな空芯MCではノイズが多くて使えないものもあり得ます。

トランスは1次側の直流抵抗に、2次側の直流抵抗を昇圧比の2乗で割った値の加算になります。例えば手持ちのDENONのAU-301は1次側6.7Ω、2次側2.2kΩで昇圧比は20倍です。なので等価雑音抵抗は12.2Ωになります。これらから(RIAA)+(IEC-A)における入力換算雑音を計算すると、イコライザーアンプのノイズが0としても-151.8dBVになります。これを無くすには超伝導コイルを使うか、銅線コイルなら-273°に冷やすしかありません。一般的なノイズ量のイコライザーアンプ使用時は-150dBV程度になるでしょう。2つのノイズの合算は90°のベクトル和と見なせるので同量なら3dB悪化します。

当社で1976年発売のLN-1は-157dBVで、左右パラ接続のモノ使用時だと-160dBV、MCR-38は-154dBV、leggeroは-156dBV、LIRICOは-156dBVです。以上のMCアンプはAU-301のMCトランスよりも高SNですが、トランスには-160dBVを超える低ノイズ製品もあります。でも、トランスには磁性体が使われているので、バルクハウゼンノイズがあって、無信号時には出なくとも、信号が入ると生じて、あたかも量子化雑音の様な振る舞いをします。MMカートリッジの針を外して、マグネットを近づけたり遠ざけたりした時のバルクハウゼンノイズをYouTubeにアップしましたが、小さい音なので大きくして聞いてみてください。

さて、ノイズの量は理論的にはTrueRMSで測定するのですが、古くは熱線に電流を流し、その温度上昇から電力測定する原理の熱電対式メーターが使われました。写真上の左端はそのYOKOGAWA製2016 03で、今では電子回路の演算によって100kHzまでのTrueRMSが測れるFLUKEの187(写真の中央)やYOKOGAWAの7544 02(写真右端)です。

最初のIHF規格では簡便な平均値応答のAverage(QuasiRMSともいう)で測り、それで良いことになっていました。次のJISではこれとTrueRMSとのどちらでも良くなって、その後のIECではTrueRMSで測ることになりました。でもランダムノイズだとすればその差は1.05dBほどTrueRMSの方が多く出ます。

脱線しますが、こういった超ローノイズの仕事は、NTT研究所からの依頼でゲルマニウムやPbSeといった光センサーなどと初段のJFETを液体窒素で-196°Cに冷やし、サーマルノイズを徹底的に下げることまでやりました。冷やすことで、ノイズを約6デシベル下げられます。バイポーラトランジスタだと-196°Cでは動きません。

蛍光塗料に光を当てると暗闇でも光りますが、多くの物質が非常に短時間ですが、同じ様な現象を持ち、それらの時間を測るのです。でも、非常に弱くて、しかも短いので極めてノイズが少なく、しかも高速なアンプが必要となります。それでも信号はノイズに埋もれるので何万回とか平均化すればノイズは下がり、信号が浮かび上ってきます。その時の残像時間は約100nSだったと記憶していて、光子部のT氏は世界初のデータだと喜んでいました。高速の光デバイスは通常50Ωで受けるのですが、すると出力電圧が低くなるので、500Ω程で受けます。すると高域特性が悪化しますが、増幅後に高域を持ち上げて補償をします。窒素冷却との合わせ技で究極性能を引き出すことに成功しました。

高速ではやはりNTT研究所ですがポッケルズセルという結晶に高電圧を加えると屈折率が変化し、光を曲げるので変調ができます。ただし、1500Vを1nS以下で駆動する必要がありました。トランジスタを8個ほど直列接続し、ブレークダウン寸前の電圧を加えておき、1番下のトランジスタにトリガー信号を加えると、「親亀こけたら皆こけた」状態でアヴァランシェ効果による超高速のショート動作を繰り返せます。当時の800pSはほぼ測定限界でした。

ついでの脱線ですが自動車エンジンにはレッドゾーンがありますが、真のレッドゾーンに入ると超音波が盛大に出るそうです。そのばらつきを調べ管理する装置も手掛けました。これはある測定器メーカーを通じて、日本車メーカーの殆どに納入されたと聞いております。このことはSH-20KやAH-120Kの開発にとても役立ちました。

小金井にある旧名だと通信総合研究所で、日本標準時のセシウム原子時計のサーボ回路にも携わりました。これは超低ジッタークロックの開発に役立ちました。ハイテク兵器らしき物についても詳細は明かせませんが携わりました。以上の様なとても興味深い開発仕事は1990年台の前半に色々と入ってきました。半導体製造装置に使う超高感度な光電子増倍装置もこの時期でした。90年台の後半になるとSH-20Kのヒットによってお断りせざるを得なくなりました。

2、トランスの入力インピーダンスの誤解

この件は繰り返しになりますが、MCステップアップトランスはMCカートリッジの出力をMMカートリッジの出力相当にまで上げてMM端子へ入れます。なので、その出力差を埋めるのは10倍から40倍位なので昇圧比は20倍位が多いです。

では、1次側100ターン、2 次側2000ターンにするのか、1 次側200ターン2 次側4000ターンにするのかで特性は変わり、ターン数が多い方が低域は伸びます。高域特性はこの逆になりがちなので、試聴テストを繰り返しながらトランスメーカーはターン数を決めます。また巻線方法を工夫して高域特性の改善もします。昇圧比が20倍だとすればインピーダンス比は400倍になります。2次側を47kΩに接続すれば、1次側の入力インピーダンスは120Ωほどに見え、MCカートリッジにとってはハイインピーダンス受けとなって、インピーダンスマッチングはされないのです。実はマッチングをさせる必要もないので、これで良いのです。

しかし、上記の詳細な技術内容をユーザーに説明するのは難しいので、オーディオメーカーは推奨するカートリッジのインピーダンスを表示するようにしていて、入力インピーダンスそのものは表示していません。なのでMCステップアップトランスはローインピーダンス送りのハイインピーダンス受けとなり、インピーダンスマッチングはしていないのです。

こういったローレベルにおけるインピーダンスを測定するには電圧を測るのが難しいので、10kΩ位を通じて適切なレベルで動作させ、入力と並列に抵抗を入れて6dB下がる値を入力インピーダンスとするなどの工夫が必要です。(2021年4月23日)

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