CAPRICEにおける超低ジッターのバイポーラ・クロックについて | 中川 伸 |
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早速の追伸です。
前回は光の方が同軸よりも優れていると書きましたが、先ずはこれについての補足です。この結果については腑に落ちないこともあったので、再実験してみました。実は、SCIENTIFIC CONVERSION社とのやり取りの中で1次と2次のアース間にOPTIONAL RF BYPASS TO CHASSISとして5pF〜47pFのコンデンサーを入れるようにとのアドバイスがありました。このパルストランスは1次と2次の静電容量が3pFという少なさを売りにしていますが、私はEMCノイズには詳しいので、アドバイスの意味はすぐに分かりました。しかしコンデンサー用のパターンは用意してあったのですが、効果を確認してからと思っていたので、入れてはいませんでした。そこで、15pFを入れ、再び試聴しましたら、ぐんと良くなってなんと光を上回ってしまいました。
パルストランスの1次のコモンモード電圧が、2次の+側に飛びつけば、コモンモード電圧がノーマルモード電圧となってSPDIF信号に加わり、悪影響は直接に出ます。15pFを入れることでコモンモード電流は増えますが、コモンモード電圧は下がります。5pF〜47pFを挿入することで、トータルで良くなることが多いという経験に基づいたアドバイスだったのでしょう。オーディオは頭で考えた意見ではなく、こういった経験に基づいた意見こそが重要です。
ですからまとめますと、現在の光デバイスは優れた性能を安定して出しますが、同軸は使い方や電源事情で結果が大きく変わります。つまり、今回の再実験では同軸が光を上回りましたが、下回ることもありうるということです。パルストランスは以外にも使いかたにノウハウがあるデバイスであることを実感しました。
さて、肝心の音質比較ですが、
I2Sはやはり良かったので安心しました。ドライバー>HDMIケーブル>レシーバー>デジタルアイソレーターといった複雑な経路を通るので、何らかの劣化要因がないかと危惧もしたのですが、無用でした。LVDSもデジタルアイソレーターも問題なく高音質でした。細部での描写力が高いことや、トゥッティ(全員による合奏)における混濁感の少なさです。空間も広いので臨場感は豊かです。
パルストランスに15pFを入れた同軸はI2Sに迫りますが、細部の描写力は僅かに後退します。全体にほんの少しだけ鈍くはなりますが、なぜか低音はやや図太くなったように聴こえます。
光入力は少しだけ甘い音になり、その分、嫌な音もしません。また、低音はごくごく僅かですが軽く感じます。
パルストランスにコンデンサーを入れない音は、輪郭は一見シャープなのですが、よくよく聴くと高域に歪感があって、ギザギザした付帯音が付きまとっています。(2010年8月3日)
CAPRICEの開発で最も苦労をしたのは、やはり超低ジッタークロックです。ES9018はサンプリング周波数の256倍とか、その1.5倍の384倍といった制限を受けないので、基本的には適当な周波数で動きます。CPUにおけるオーバークロックと同じで、周波数を上げるほど性能は上がります。ただし100MHzを超えると動作保証外です。ひょんなことから周波数が知れてしまいましたが、実は96MHzです。ただ発振させるだけなら簡単な周波数ですが、超低ジッターにするにはとっても難しいい周波数です。これには非常に明快な理由がありますが、詳細部分はノウハウとさせておいてください。
クロックのジッターの話はいろんなところで、いろんなことが書かれていますが、実際にあれこれやってみると、常識的な予想とは異なり、なんとも奥深くて、かつ、非常に面白いものです。2ヶ月位はゆうに遊べるでしょう。周波数が20MHz以下だとそれほど難しくもないのですが96MHzになると非常に大変です。なぜかといえば使用デバイスは低周波にて超低雑音のバイポーラトランジスタを使わなくてはなりませんが、こういったものはCMOSほどには高周波特性が優れてはいないからです。またこれほどの周波数になると3倍のオーバートーンで発振させることになりますが、これも基本波での発振よりは難しいことが色々と出てきます。こういったことから96MHzにもなるとジッターを少なくするには時間が掛かりますが、しかしながら理論どおりに改善して行きます。最後の追い込みではコンデンサーの値を1PF単位で変更して聴き比べたりしました。
ではジッターが少なくなると音はどう変化するかについて一言でいえば。砂漠がオアシスになるといえば分かり易いでしょうか?ジッターが多いと大げさにいえばザラザラした砂のような質感を伴った音質になります。ヴァイオリンはがりがりジャリジャリととげとげしく、ソプラノはカゼをひいてヒステリーぽい感じになります。低音はごつごつした感じで、空間も狭いので臨場感は乏しくなります。とにかく音楽が攻撃的にシフトしがちです。ジッターが減るにつれ、砂の粒子が微細になり、さらに減ると、潤いが出てきて、滑らかで優しい音が出始めます。究極は水と緑に囲まれたオアシス空間のようになり、澄んで細部までが鮮明になります。低音はごつごつした感じから、深々とした雄大な感じになり、空間も広がります。最も重要なことは、音楽的なニュアンスが豊かになり、素っ気なさが薄れることです。
ES9018はとても優れた基本性能を持っていますが、クロック周波数とジッター量には依存し、最高性能を引き出すとなれば高い周波数で低ジッターが必要なので苦労するかも知れません。クロック専用の電源回路については参考までに回路を掲載致しますが、フィデリックスとしてはもう少し簡単にしたかったのですが、いろんな事情からこの回路に落ち着きました。出力ノイズは-130dBVと非常に少なくなっています。
ES9018にはジッター削除機能がありますが、厳密にはジッター低減機能という方が合っていて、その効果はPLLのバンド幅を狭くすると高くなります。つまりトランスポートによる信号の質のストライクゾーンを狭めると、その方が音質は向上します。これにより、トランスポートのジッターの影響は少なくなりますが、それでも0ということにはなりません。あまり経験が多くないので断定的なことは言えませんが、ジッター低減機能の効果は数分の1程度にはなる感じです。
ちなみに、トランスポートの設計で最も非効率な設計をするならば、凝りまくったメカを使いながらも、ジッター性能が十分ではないクロックを搭載することでしょう。逆にも最も合理的な設計をするなら、普通のメカで読み出し、一旦はメモリに記録し、そこから超低ジッターのクロックを使ってリクロックすることでしょう。SD Trans192を使うことで、こういったことが分かりました。PSオーディオのPWTは、聴いたことも、クロックを調べたこともありませんが、HDMIケーブルによるI2S伝送を初めて採用たり、こういったリクロックを取り入れたりしていますから、かなり期待ができそうです。
ならばと云うことで、私は半導体レコーダーのクロックを超低ジッターのものに交換し、トランスポート代わりにしようと考え、PCM-D50を途中までばらしたのですが、奥まったところにクロックがあるようなので諦めました。そこでEDIROLのR-1の方を交換しようと思ったのですが、これも液晶パネルの裏で、やはり交換が難しくて、パネルを割ってしまいました。ですから、後日改めて挑戦してみようと思っています。
参考までにCAPRICEでの実験結果ですが、SPDIFは同軸でも光でも192kHzの32ビットまでが安定に動きます。実験はSD Trans192に光出力を付けて行いました。(SPDIFは24Bit、192kHzまでしか規格になっていませんが、SDTrans192からの32Bit、192kHzファイルもSPDIF経由で安定に動作するという意味であって、24Bitより小さいデータを再生している訳ではありません。I2Sでは24Bitより小さいデータも再生します。)現在最高の光デバイスを使って比較試聴をすると、同軸と光ではもう光の方が絶対に優れています。古くは光の方が劣っているといわれていましたがその頃は6Mb/sの伝送スピードでしたが、CAPRICEでは25Mb/sの受信デバイス、SD Trans192の送信デバイスは50Mb/sと劇的に改善されました。ですから、4〜8倍に向上したことになります。つまり、今の電源事情ではアイソレーションの方が重要ということで、最新デバイスだと逆転すると私は確信しました。
http://sharp-world.com/products/device/lineup/data/pdf/datasheet/gp1fav55tk_e.pdf
なお、24bitで352.8kHzのDXDファイルはI2Sでないと動きませんが、192kHz以下におけるI2Sと光の比較は未確認で、分かり次第、追伸にて記載いたします。(2010年7月31日)