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デジタル信号におけるアイソレーションの重要性 中川 伸

 結論を先に言えば、
 1)ピュアなデジタル伝送を望むなら、アイソレーションは非常に重要です。
 2)TOSリンクやSTリンク、あるいは良質なパルストランスを使ったコアキシャル伝送ならほぼ問題は無いでしょう。もしもコアキシャル入力にパルストランスを使っていない機種を使うなら、パルストランス付きのケーブルを使うのが賢明でしょう。
 3)USB接続は特殊なアイソレーターを使うなら問題ありませんが、高音質を期待するには使わない方が賢明でしょう。
 4)AES/EBUもパルストランス受けが望ましく、パルストランス受けであっても、受け側のアースは接続しないのが賢明でしょう。
 5)スイッチング電源を使用した機器のノイズ発生には注意が必要で、特にスイッチングアダプターを使用した機器の場合は、他のソースを聴き使わない場合には本体の電源を切るだけではなく、コンセントを抜くのが賢明でしょう。
 6)アイソレーションしていない機器は電源を入れていなくても接続するだけでシステム全体の足を引っ張る可能性があります。
 以上の説明の前には電源のことから説明しなくてはなりません。たとえばトランスポートとDACの接続を例にしましょう。日本の電源は接地されているコールド側(0V)には触れても感電しませんが、もう一方のホット側(100V)は触れると感電します。トランスポート単独で電源を入れると、シャーシにはこの0Vと100Vの間の電位が出てきます。コンセントの向きを変えるとこの電位は変わります。浮遊容量とそのアンバランスが原因です。DACも単独で電源を入れるとやはりこの間の電位が出てきます。しかし両者は同じ電位にはなりません。ここでアイソレーションをしていない機器同士をコアキシャルケーブルで接続したとしますと、このケーブルに電流が流れることで同じ電位になろうとします。これが50Hzや60Hzだけが流れるなら大した問題ではありません。しかし、電源に高周波ノイズが含まれている場合はケーブルのインダクタンス成分や表皮効果でインピーダンスが大きくなったところに電流が流れるので、ケーブルの両端には高周波では無視できない電圧が発生します。この高周波ノイズ電流はデジタル信号に重畳され、ジッターの原因になるだけでなく、その電流はぐるーと一周すので、他のところでも何らかの悪影響を及ぼしかねません。アナログ信号を送る場合も同様なことが起こります。では論より証拠なので実験をしてみました。

 写真のように低い周波数成分は外皮の抵抗分に流れる電流で発生した電圧が、ソース側のインピーダンスと負荷側のインピーダンスによって分圧され、約半分になって信号に加わります。高い周波数成分については表皮効果によってこれが反転された形になって加わります。この不思議な現象をできるだけ簡単に説明しますと、電流が流れると磁界ができます。この磁界は電流変化を妨げるように働きます。同軸に高周波電流を流すとシールド側の最も外側の表面は妨げられにくいのでここを流れようとします。これが表皮効果です。逆にシールドの内壁は妨げられるので電流が少なくなります。では同軸の中心線はというと妨げが強すぎて逆に電流が押し返してきます。これが反転する理由です。この表皮効果による反転現象は技術者の間でもあまり知られてはいない現象ですが、いずれにしてもアース側に流れた電流は必ず信号に混入するということだけはしっかり認識しておく必要があります。
 さて、オーディオマニアは電源ノイズというと外から来るものと思い、電源をきれいにするお堀のような機器を入れては安心します。しかし、実はお堀の中にも汚染源があるのです。最も分かり易いのは普通のスイッチング電源を使った場合で、これはセリニティー電源の3000倍ほどのスイッチングノイズを出します。ではスイッチング電源ではない一般の電源はといえば、整流ダイオードのリカバリーノイズが出てきます。これはLISNとスペクトルアナライザーで観測できます。ショットキーバリアダイオードだと、殆ど出てきません。
 さて以上を理解している技術者ならアイソレーションは重要だと認識し、光伝送やパルストランスを使いますが、パルスが鈍るという欠点も無いわけではありません。パルスが鈍ると、受ける側で生じるノイズの影響が出易くなって、これもジッターが増える原因になります。しかし両者まったく異なる原因なので、トレードオフの関係と言えるかも知れません。しかし、パルストランスは相当に高速化ができるし、電源ノイズは増大傾向という現実を考えると、アイソレーションのメリットの方がずっと大きいと私は思っています。でなければコストアップになることをわざわざするメーカーは無いでしょうから、私はむしろ必需品だと思っています。
 さて、問題はUSBです。今のところは非常に便利なのですが規格からして、特殊なUSBアイソレーターを使わなくてはアイソレーションが難しいのです。ですから殆どはアイソレーションがされていません。PCはスイッチング電源を使っていますので、USBを伝わってどんどんスイッチングノイズが入ってきます。
 AES/EBUもいくらか問題です。スタジオにはマイク用の線がすでに張り巡らされているので、この線をデジタル伝送に使えないか?ということから誕生した規格です。信号の伝送は上手く行くのですが、これにはアースがあるのです。あれば繋ぎたくなるのが人情ですが、繋げばアイソレーションが無意味になってしまいます。もしもパルストランスで受けていながらもアースを繋ぐ設計の機器があるとすれば、大きな門にしっかり鍵を掛けていながら、横の小さい出入り口は開けっ放しにしているようなものです。私が受け側のアースは外すのがよいという理由です。AES/EBUは太くてたくましく見えますが、受け側のアースを接続しない指針もなさそうなので、私としてはあまり使いたくない接続方法です。同じく、パルストランスでアイソレーションした入力と、アイソレーションしていないUSB入力が備わっていればこれもまた不思議な気がします。
 近日中にフィデリックスからDACを発売いたしますが、以上からしてUSBとAES/EBUはアースの問題を起こしかねませんので、あえて設けていません。USBを使いたい場合は192kHzに対応するアダプターがありますので、これを使ってからコアキシャル入力に入れれば安心です。AES/EBUは受け側でアースを接続せずに、信号線のみをコアキシャル入力に入れれば、約3メートル以内なら、インピーダンス整合を無視しても反射は起きず、ほぼ問題なく使えるでしょう。厳密に合わせたいなら抵抗3本のT型減衰器を使ってケーブルのコアキシャル側に挿入し、信号の減衰とインピーダンスマッチングをすれば安心です。
 ここまで読めば、機器についている電源のアースを繋ぐのも難しいことが分かると思います。電流が流れる全部のルートでの振る舞いを理解しなくては良い結果を出すのは困難です。安全規格から漏洩電流が多い場合にはアースを必ず取らなくてはなりませんが、今は3PのACインレットが流行で、何にでもアースを付けてしまいがちです。バッテリー機器やアイソレーション機器は、こういったアースに流れるノイズ電流の悪影響は激減できます。超低歪や超ローノイズを測定する場合には測定器のアース線をはずした方が良いデーターになることが多いのです。
 よくデジタル機器ではフェライトコアを入れたりしています。高周波でのインピーダンスを上げることで電流を流れにくくして、問題そのものをおきにくくするという考えです。線を繋いで電流を流そうとせずに、電流を流さない工夫をした方が、複雑なシステムなら良い結果を出しやすいことは頭の隅にいれておいくと良いかも知れません。(2010年3月21日)

        
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