超低ジッター水晶発振器(クロック)の製作 | 中川 伸 |
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製作のきっかけはBGM用としてとっても使い勝手の良いCDプレーヤー(パイオニアの25連奏でPD-F25A)を買ったことが始まりです。音質にはさほど期待していなかったのですが、決して悪くは無いのです。低音はまずまずしっかり出ますし、高域はやや硬質ですが、CDとしてはほぼ標準的です。しかし、使っているうちに、もう少しだけ何とかならないかと欲がでてきました。そこで水晶発振器(クロック)の交換と電源の改造を考えるようになりました。
発振器の周波数精度の高さをPRしているところもありますが、音質とは無関係でしょう。音質と関係があるのはあくまでも周波数の揺らぎの少なさ、つまり、ジッターの少なさです。周波数精度の高さとジッターの少なさもこれまた無関係でしょう。ありえないことですが仮に水晶の周波数が0.1%高いとしても、440Hzが440.44Hzになるだけです。
この僅かな違いであっても指摘できるようなすごい絶対音感の持ち主は、私の知る範囲ではピアニストのM氏と、指揮者のT氏と、ヴァイオリニストのF氏くらいです。ヴァイオリニストのF氏は1975年頃に、どうせ買うならピッチぴったりのカセットデッキにしたいということで、ソニーと交渉し、製造ラインにまで出向いて、たくさんの中から目的の1台を抜き取ったそうです。こういったシビアな音楽家用に作ったピッチコントロール可能なCDプレーヤーでも0.1%ステップ位の調整です。以上からして実際には水晶の周波数精度自体が問題になることはまずないでしょう。
ではジッターはなぜ出るのか?結論を言えば、発振器は水晶振動子と増幅器に正帰還をかけて構成していますが、この増幅器のノイズ(電源ノイズも含まれる)が周波数変調をしてしまい、これがジッターに化けるのです。そのため、ジッターの周波数成分を分析すると、アンプノイズの周波数成分や、電源ノイズや電源リップルの周波数成分になります。ですから、ノイズ0の増幅器とノイズ0の電源を使って発振させれば、ジッター0になるという理屈です。アンプノイズの方が支配的なのですが、高いQの水晶振動子を選ぶとその分だけ相対的にジッターは少なくできます。以上のように音質に関係するジッターの本質は、あくまでもノイズが化けたものです。そのため、複雑な回路にするとノイズは増えても減ることはなく、ジッターについても同じことがいえます。ごらんの通り、本回路は「無駄な努力」をしていませんので、必要最小限の構成で超低ジッターを実現しています。
さて水晶発振器の回路方式にはピアスBE(一般にエミッタ接地)、ピアスCB(一般にエミッタ接地)、コルピッツ(一般にコレクタ接地)がありますが、等価回路で考えると後者2つの接地点は異なりますが動作は同じになります。増幅素子はバイポーラトランジスタが無難に低ノイズ化できます。逆に悪いのはCMOSですが、LSIの中の水晶発振回路にはこのCMOS増幅器がよく使われます。ジッターを少なくするには、たとえば16.9344MHz付近のノイズだけでなく、f分の1ノイズも少なくしなくてはなりませんが、これが実は非常に重要なのです。
CMOSはf分の1ノイズが多く、電源も時にはエラー補正で忙しいロジックの5Vと共通ですからジッターは多いはずです。なぜこんな設計なのかといえば、ジッターが音質的に重要だとは気が付かなかったのと、CMOSだと簡単な回路になるので安く作れるからです。MOSデバイスは高速ですが、ローノイズアンプの初段にMOSデバイスは使いません。以下は無線LAN用に低位相ノイズつまり低ジッターを謳っている某メーカー製水晶発振器のデーター例で、中央が1kHzです。電圧、電流、周波数から、どう考えてもCMOSと思えるものですが、確かに高い周波数は少なくても、f分の1ノイズは数kHz以下から上がり始めています。バイポーラトランジスタのノイズ特性と比較すれば2桁ほど多くなっていますので高級オーディオ用には不十分かも知れません。以上からして、いかなる方法で周波数精度を上げようとも、また、いかなる方法で高速化し、パルスの立ち上がり時間を短くしようとも、ジッターは全く別な原因で発生しますから、周波数精度やパルスの立ち上がり時間とジッターは無関係です。
私はコンデンサーカートリッジを作って、その時に、SN比を上げるため散々苦労をして、ジッターの非常に少ない発振器を作り上げました。その結果、200万分の1pFの分解能を達成しました。ですからジッターには詳しいのです。フィデリックスでは1976年に入力換算雑音電圧が-157dBVという驚異的なローノイズのヘッドアンプも作っていますので、やはりアンプノイズにも詳しいのです。
なお、フィデリックスは日本標準時のためのセシウム原子時計用精密サーボ回路6台を通信総合研究所に納入した実績があります。1997年頃から2005年頃までの間は当社のサーボ回路が日本標準時の一端を担っていました。6台中の平均に近い4台を平均したものを日本標準時にしていたようです。2005年頃には精度が1桁上がって100万年に1秒の誤差にシステムが改善されたので、それ以降は動いていないと思います。
また、フィデリックスでは、微弱な光信号を検出するのに、ゲルマニウムやPbSeの光センサー用アンプでノイズを究極まで抑えるよう、入力のFETを液体窒素で-196度まで冷却したアンプを、NTTの武蔵野研究所や厚木研究所に納入した実績もあります。冷却することで常温での理論限界(4KTBRの平方根電圧)よりも約6dBノイズを下げることができました。ちなみに液体窒素を手のひらの上に垂らすと、まるで焼けたフライパンの上に水を垂らしたかの様に飛び跳ねるので、非常に面白いです。瞬間に空気層ができるので、冷たくもなく、低温火傷もしません。
さて、以上からしてポイントさえ掴めば写真のようにコンパクトであっても超低ジッターの発振器が作れます。消費電流は7mA一定なので、安定化された5V電源から少しだけ頂いて使うことができます。ロジックICの入力を駆動すれば良いだけなので大げさな電源は不要です。なお、電源回路にはノイズを下げるようRCのデカップリング回路が入っています。このように小さいので、ポータブルCDプレーヤーに入れられるかも知れません。
150MHzのオシロスコープによる波形ですが、リンギングやオーバーシュートは出さないように、しかし、振幅の中心部の傾斜はその範囲で急勾配にという意図で調整しました。一般にリンギングはオシロではすぐに収まるように見えますが、拡大をすれば次のエッジにまで影響を及ぼしている可能性があります。振幅の中心部の傾斜が緩やかだと、後段のノイズの影響を受け易くなりますので、これはバランスを取ったつもりの波形です。ノイズが多いように見えますが、広帯域オシロスコープの性質によるものです。実はセリニティー電源の実験基板を作るときに、余ったスペースを利用して自分用に作ったものなので42個だけ作ってみました。とりあえず、余った数をご希望の方には1個5,800円で配布させていただきます。もしも希望数が多ければ継続して製造できますが、少なければこれで打ち切りになると思います。おかげさまで8月23日に完売いたしました!今後は予約数量が溜まり次第、再生産させて頂きます。
周波数:16.9344MHz 電源電圧:5V 消費電流:7mA サイズと厚さ:20×20×5 価格は5,800円で、メール便の発送でよろしければ送料不要です。ジッター量の相対的な大きさのチェックには図のようなスロープ検波器を使って、ローノイズのアンプで増幅したものの音を聴けば見当がつきます。またの機会にきちっと作り上げようと思っております。なお、電源基板はできたのですが、安全性の確認にはもう少し時間が掛かりますので、ご了承をお願いいたします。2009年8月11日