オーディオアンプにおけるノイズの話 | 中川 伸 |
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私は空芯MCカートリッジの音が好きです。長所は楽器が奏でる微妙な音質変化やニュアンスまでをも描き分けるからです。つまりは繊細で優しい音の表現力に抜きん出ているのです。欠点は出力電圧が低いので、ノイズが出やすくなったり、アンプ性能によっては元気な音が出にくくなったりもします。という訳で1965年頃から愛用していた世界初の空芯MCのFR-1やその改良版のFR-1MK2(いずれも0.1mV出力)を生かしきるため、1976年4月に入力換算雑音電圧が-157dBV(RIAA+IHFA)という超ローノイズのヘッドアンプLN-1をフィデリックスで発売しました。その後に、色んなメーカーからも同様なローノイズのヘッドアンプが出されることとなります。
ノイズの支配的な原因は何らかの抵抗成分で、そのノイズ電圧 (V)はよく知られているように4kTBRの平方根になります(Kはポツツマン定数、Tは絶対温度、Bは帯域幅、Rは抵抗値)。ここでのRはバイポーラトランジスタのRbb´やJFETの1/gmなどと密接な関係にありますが、実はBが問題となります。IHFAとRIAA+IHFAの等価雑音帯域幅を私が実験によって求め、ラジオ技術の1976年7月号に、10kHzと2.6kHzということを暫定値として始めて発表しました。その何ヶ月か後に松下電電器の技術屋さんが当時のコンピュータを使って13.46kHzと3.48kHzを正確な値として、やはりラジオ技術に発表しました。帯域幅で考えると、大きな誤差のように見えますが、平方根になりますので、ノイズ量では1.3dB弱の誤差ということになります。
そこで分かったことですが、当時の電圧計は平均値応答が普通に使われていました。でも、ノイズ電圧を正確に測るにはtrue RMSで測らなくてはなりません。このズレが√π÷2=0.886で-1.05dBになることから、誤差の主因は特定できました。因みにノイズ測定ではメーターの針はフラフラゆれますのでどちら側で読むかによって0.3dBほどは容易に変わってしまいます。でも当時のノイズ測定は普通に平均値応答で測っていましたし、true RMSの電圧計が一般的になったのは、だいぶ後のことなので、ノイズ測定は必ずしもtrue RMSで計らなくても良いことになっています。つまりは従来通りの平均値応答の方が1.05dB良く表示できるという訳です。
最近はアナログレコードが少しずつブームになって来ているようです。そのためかフォノイコライザーが発売されることも増えてきました。しかしMC用イコライザーやヘッドアンプは1970年代後半に発売されたものと比べると、かなりノイズが多くなって、なんだかお粗末に思えます。これはローノイズのデバイスが少なくなってきたことと、ローノイズ技術に長けた技術屋さんも少なくなっているからだと思います。
こういう状況下で手っ取り早く製品化するには、ローノイズのOPアンプを探し、これを使うことです。でも、そういう範疇でなら、-144dBV程度にしかなりません。鉄心入りのMCカートリッジなら、これでもまあいいかな?という感じですが、空芯MCの良さをも生かし切るにはハッキリ言って能力不足です。これより先はディスクリートの世界になります。FET好きの私は入手不可能になると困るので、2SJ72、2SJ74、2SK147、2SK170、2SK369といったデバイスなどで計10万本以上のストックを持っています。そこで、これらで試作したフォノイコライザーを測定してみると、MC入力では
入力換算雑音電圧=-156dBV(RIAA+IHFA by Average Response)
等価雑音抵抗=5.5Ω
入力換算雑音密度=0.3nV/√Hz(1kHz)
入力音ピーダンス=1GΩと100Ω
ゲイン=65dB
動作を切り替えることで、MMや高出力MCも使え、この時の性能は
入力換算雑音電圧=-140dBV(RIAA+IHFA by Average Response)
等価雑音抵抗=200Ω
入力換算雑音密度=1.8nV/√Hz(1kHz)
入力インピーダンス=47kΩ
ゲイン=41dB
この回路構成は以下のようになっています。
自作マニアの間でもPchJFETは特に人気が高く、当初の価格の5〜10倍ほどになっています。友人が入手した2SJ74が何か変なので調べて欲しいということで、テクトロニクスの576型カーブトレーサーで調べると、明らかな偽物でした。一番右下がその偽物の2SJ74で、そのすぐ上が本物です。Gmが4分の1しかなく、性能がまるで異なります。本来の型番を削り、上からJ74と印刷してありますが、削り方が不十分な物から本来の型番が分かり、J270というFairchild製の現行品であることが判明しました。実際に持っているFairchild製とはもちろん同じ特性です。どういうところがこういう「リネーム品」を作るのかと言えば想像通りでしょう。各特性を見るにあたっての注意点は縦軸が2mA、1mA、500uA、ゲートのステップ電圧も50mV、200mVと混在していることです。
2SJ72や2SK147は1990年代前半で製造中止、2SJ74は2006年で製造中止、その他は2013年で製造中止です。ということは、2012年製の2SJ74で、しかもRohs対応となっているなら、もう明らかな偽物です。カーブトレーサーは真空管の測定もできるので、これで12AU7も計ってみました。最大電圧が350V加わっていて、最大電流は46mA流れていますが、短時間なのであえて定格オーバーで計ってみました。
さて、FR-1の発売当時の専用ヘッドアンプFTR-2はサーノイズでいくらか苦労をしていたらしく、後にトロイダルトランスのFRT-3に変更した経緯があります。今回試作したフォノイコライザーの使用感ですが、FR-1MK2で音楽を聴いている最中にアームリフターで上げてもサーノイズはリスニングポイントでは全く聞こえません。スピーカーに寄って耳をくっつけると、ようやく聞くことができます。ここでレコードの頭に針を下ろすとボソンと音がした後に、盤のサーフェスノイズが聴こえ、次にマスターテープのヒスノイズが聴こえ、音楽が鳴り出すことがはっきり分かります。-156dBVの威力はさすがです。
音も繊細で優しい音までを良く表現します。鉄芯MCだと、音は強く硬い方向にシフトしがちですが、音楽は力をこめて強い音を出すところもありますが、力を抜いて優しくしなやかな音を出す部分もあり、これは空芯MCならではの表現だと痛感しました。
しかし、よくよく聴いていると、確かに繊細で上品な音は良く出るのですが、何か低音楽器は、お行儀が良すぎる感もあります。そこで、カートリッジの背中をサンドペーパーの上で丹念に2mmほど削るとマグネットとヨークがむき出しになります。これを2ロックピンに改造したテクニハードのヘッドシェル(付属のゴムリングは使わない)へ取り付け、ハンダ付けをしますと、現代の高級空芯MCの音に生まれ変わります。俄然、鮮明になって、低音楽器の輪郭はくっきりし、パワー感が溢れるので、音楽の躍動感が良く伝わってきます。
つまり、空芯MCカートリッジは47年前でほぼ完成されていましたが、出力電圧が低く、アンプが不十分なために生かしきれていなかったといえます。プラスティックボディーの強度も不足でした。そこで空芯MCは発電効率の高い構造や、強力なマグネットを採用し、ボディーも強固になってゆきます。
ところで何十年も前のカートリッジのゴムは大丈夫なのかと心配する人が居るかもしれませんが、以前に設計者の池田氏に尋ねたところ、少し固くなっているかも知れないが、数時間ほど鳴らせば復帰するだろうとのことでした。ZYXの中塚氏に尋ねてもダンパーゴムには窒素が殆ど入ってないので長寿命だと言っていました。針が減っても、オーディオFABの古屋氏が針先交換してくれると思いますし、氏もダンパーは大丈夫とのことでした。実際にFR-1MK2は快適サウンドそのものです。
今、私は電源とUSB NOISE FILTERで忙し過ぎですが、時間が出来次第、せっかく持っているFETを活かしたフォノイコライザーを作り上げたいと思っております。なお、オーディオ仲間でパターン設計の達人に基盤の試作を頼んでいます。ちなみにフォノイコライザーの外観イメージはCERENATEやCAPRICEと同サイズで、外部電源は6Wクラスの電源と同サイズになります。イコライザーカーブも50Hz以下のレベルを5段階に、2kHz以上も5段階に変えられ、この組み合わせによって、RIAA、SP、AES、NAB、FFRR、OLD RCA、COLUMBIAのカーブに対応予定です。2個のスイッチはセンター位置でRIAAなので、50Hz以下が2dBステップ、2kHz以上が1dBステップのトーンコントロールとしても実用的に使えます。
リアパネルにはMMとMCの切り替えスイッチが、底面には入力インピーダンスの切り替えスイッチが付く予定です。入力インピーダンスを1GΩで受けると鉄芯MCでも空芯MCの音に近づきます。オルトフォンのSPUやデノンの103系をMCトランスで使いたい場合はMM入力側にて適応します。性能の良い部品から順番に使ってゆきますので、後期になるとMC入力のみ最大で2dBほどSNが低下する可能性はあります。価格はI2S付のCAPRICE位の予定です。なおこの商品には、貴重なHigh-gmのJFETが使われておりますので、納まるべき処に納まるのが望ましいと思っております。ですから予約はお受けさせて頂きますが、もしも聴いてお気に召さない場合は10日以内の返品をお受けする予定です。
なお、LEGGIERO(レジェーロ)はイタリアの音楽用語で軽快優美という意味です。このイコライザーは攻撃的で押し出しの強い表現は当然として、軽やかで優雅というアンプにとっては最も難しい表現をもこなすことからの命名です。(2014年6月23日)
追加です。
RIAA偏差をシミュレートしてみました。フリーソフトでも実によく働いてくれます。NF型だと20kHz以上で持ち上がるものも実は多いのですが、LEGGIEROは20kHz以上が素直で、これは重要なポイントです。偏差の目標値は20Hz〜20kHzで±0.3dBですが、その範囲で低域を上げているのは、この方が喜ばれることが多いからです。しかし、低域を伸ばしすぎると、反りや共振や偏心の悪影響を受けやすくなるので、経験に基づきギリギリに抑えています。結果として、10Hzから100kHzまでが±1dBに入っています。